研究領域の現状 143
奥 村 久 士(准教授) (2009 年 5 月 1 日着任)
A -1) 専門領域:理論生物物理学,理論化学物理学
A -2) 研究課題:
a) アミロイド線維の破壊の分子動力学シミュレーション
b) ハミルトニアンレプリカ置換法によるアミロイド線維形成の初期過程の機構解明 c) A K 16 ペプチド,C ペプチドの加圧による構造変化
A -3) 研究活動の概略と主な成果
a) アミロイド線維はタンパク質が間違って折りたたみ,凝集することによってできた不溶性の線維である。アミロイド 線維は 20 種類以上の病気の原因と考えられている。例えばアルツハイマー病はアミロイドβ ペプチドが凝集してで きたアミロイド線維が原因ではないかと言われている。近年,超音波を使ってアミロイド線維を破壊する実験報告が いくつかなされている。その破壊メカニズムはキャビテーション(気泡生成)によるものではないかと指摘されてい るが,水中の気泡がどのようにアミロイド線維を破壊するのか原子レベルでの詳細は分かっていない。そこで我々は アミロイドβ ペプチドからなるアミロイド線維に超音波をかけた非平衡分子動力学シミュレーションを行った。圧力 が正の時はアミロイドや水の構造に大きな変化は見られないが,負圧になった時にアミロイドの周りに気泡が生じた。 この気泡は疎水性残基の周りに生じることが多かった。アミロイドの周りの水がほぼ蒸発し気泡に包まれてもアミロ イドは壊れなかった。その後圧力が再び正になると,気泡が崩壊し水のジェット流がアミロイドにぶつかり,アミロ イドが破壊された。この時,水は主に親水性残基めがけて飛んでいることが分かった。
b) アミロイド線維の形成メカニズムもまだわかっていない。そこで我々が開発したレプリカ置換法の 1 つであるクーロ ンレプリカ置換法を使ってアミロイドβ ペプチドのフラグメント A β(29-42) の 2 量体形成機構を調べた。クーロンレ プリカ置換法では電荷をスケールするパラメーターを導入し,温度の代わりにこのパラメーターをレプリカ間で置換 することにより,2つの分子を近づけたり遠ざけたりできる。その結果,2つの Aβ(29-42) が離れている状態から近 づくにつれ,まず疎水性残基の多い C 末部分で短い分子間β シート構造を形成し,その後 β シート構造を形成する 残基が増えて,最終的に長い反平行β シート構造を作ることを明らかにした。さらに,分子間 β シート構造を作る直 前には分子内でのβ シート構造(β ヘアピン構造)が増え,それはもう一方の分子の疎水性残基が接触することによ り安定化されていることも発見した。
c) 高圧条件下でのタンパク質の構造変化について,拡張アンサンブル法を用いた理論研究も進めている。通常のタン パク質では圧力をかけると圧力変性が起き,α へリックス構造や β シート構造などの2次構造は破壊される。しかし, A K 16 ペプチドや C ペプチドでは圧力をかけるとα ヘリックス構造の形成率が増えることが実験的に知られている。 これまで我々は拡張アンサンブル法のひとつである温度・圧力に関する焼き戻し法を用いて,A K 16 ペプチドの構造 の圧力依存性を調べてきた。その結果,圧力の増加にともない,α ヘリックス構造の割合は途中までは減少するが, その後増加した。慣性半径の解析からα ヘリックス構造は加圧にともない縮むために,高圧力条件下では α ヘリッ クス構造が増えるということが明らかになった。今年はさらに C ペプチドについてもシミュレーションを行った。C ペプチドの場合についても,側鎖間で形成される塩橋が加圧により破壊されるためヘリックス構造の慣性半径は全 圧力領域に対してほぼ一定であるものの,α ヘリックス構造が加圧にともない縮むために,高圧力下では α ヘリック
ス構造が増えるということを明らかにした。
144 研究領域の現状 B -1) 学術論文
H. OKUMURA and S. G. ITOH, “Amyloid Fibril Disruption by Ultrasonic Cavitation: Nonequilibrium Molecular Dynamics
Simulations,” J. Am. Chem. Soc. 136, 10549–10552 (2014).
S. G. ITOH and H. OKUMURA, “Dimerization Process of Amyloid-β(29-42) Studied by the Hamiltonian Replica-Permutation
Molecular Dynamics Simulations,” J. Phys. Chem. B 118, 11428–11436 (2014).
Y. MORI and H. OKUMURA, “Molecular Dynamics Study on the Structural Changes of Helical Peptides Induced by
Pressure,” Proteins: Struct., Funct., Bioinf. 82, 2970–2981 (2014).
H.-L. CHIANG, C.-J. CHEN, H. OKUMURA and C.-K. HU, “Transformation between α-Helix and β-Sheet Structures of
One and Two Polyglutamine Peptides in Explicit Water Molecules by Replica-Exchange Molecular Dynamics Simulations,” J. Comput. Chem. 35, 1430–1437 (2014).
H. OKUMURA, S. G. ITOH, A. M. ITO, H. NAKAMURA and T. FUKUSHIMA, “Manifold Correction Method for the Nosé-Hoover and Nosé-Poincare Molecular Dynamics Simulations,” J. Phys. Soc. Jpn. 83, 024003 (5 pages) (2014).
B -4) 招待講演
H. OKUMURA, “All-atom molecular dynamics simulations of amyloid-fibril disruption and peptide oligomerization,” Mini
Symposium, Okazaki (Japan), December 2014.
H. OKUMURA, “Molecular dynamics simulations for amyloid fibril disruption and dimerization of amyloid-β peptides,” 2nd
International Conference on Computational Science and Engineering, Ho Chi Minh City (Vietnam), August 2014.
H. OKUMURA, “Generalized-Ensemble Molecular Dynamics Simulations,” 2014 UST-Sokendai Joint Seminar on
Computational Sciences, Daejeon (Korea), July–August 2014.
H. OKUMURA, “Generalized-ensemble algorithms to determine free-energy landscape of proteins,” 10th International Conference of Computational Methods in Sciences and Engineering, Athens (Greece), April 2014.
H. OKUMURA, “Replica-permutation molecular dynamics simulation of biomolecules,” Pure and Applied Chemistry
International Conference 2014, Khon Kaen (Thailand), January 2014.
H. OKUMURA, “Replica-permutation method for protein simulation and amyloid disruption by cavitation in non-equilibrium
molecular dynamics simulation,” Joint IMS-KU workshop on molecular sciences towards green sustainability, Bangkok (Thailand), January 2014.
S. G. ITOH, “Free-energy calculation by the replica-permutation method for biomolecules,” 10th International Conference of Computational Methods in Sciences and Engineering, Athens (Greece), April 2014.
S. G. ITOH, “Replica-permutation method to realize efficient conformational sampling for biomolecules,” 日本化学会第
94回春季大会アジア国際シンポジウム, Nagoya (Japan), March 2014.
奥村久士 , 「生体分子系,液体系における分子動力学シミュレーション手法の開発と応用」, 第28回分子シミュレーション討 論会学術賞受賞講演 , 仙台市民会館 , 2014年 11月.
奥村久士 , 「Molecular dynamics simulations of Aβ amyloid fibrils」, 岡崎統合バイオサイエンスセンターリトリート, 岡崎統合バ イオサイエンスセンター , 2014年 11月.
奥村久士 , 「各種統計アンサンブルの生成法」, 第8回分子シミュレーションスクール—基礎から応用まで—, 分子科学研 究所 , 2014年 10月.
研究領域の現状 145 奥村久士 , 「アミロイド線維の破壊と形成初期過程の分子動力学シミュレーション」, 第二回 C U T E シンポジウム, 三重大学極 限ナノエレクトロニクスセンター , 2014年 10月.
奥村久士 , 「親水性/疎水性溶液界面でのアミロイドベータペプチド凝集機構の理論的研究」, 新学術領域「動的秩序と機 能」全体班会議 , 粟津温泉おびし荘 , 2014年 8月.
奥村久士 , 「キャビテーションによるアミロイド破壊の非平衡分子動力学シミュレーション」, 山手イブニングセミナー , 岡崎統 合バイオサイエンスセンター , 2014年 6月.
奥村久士 , 「タンパク質におけるレア・イベントを効率よく引き起こす分子動力学シミュレーション:拡張アンサンブル法」, 日 本物理学会第69回年次大会シンポジウム:理論物質科学の最前線:レア・イベントを中心として , 東海大学 , 2014年 3月. 奥村久士 , 「拡張アンサンブル法によるタンパク質の分子動力学シミュレーション」, 計測自動制御学会第1回制御部門マルチ シンポジウム, 電気通信大学 , 2014年 3月.
西澤宏晃 , 「京一般利用枠採択までの道のり」, 第3回 C MSI「京」・HPC I スパコン利用情報交換会 , 理化学研究所計算科学 研究機構 , 2014年 6–7月.
B -6) 受賞,表彰
奥村久士 , 分子シミュレーション研究会学術賞 (2014).
B -7) 学会および社会的活動 学協会役員等
分子シミュレーション研究会幹事 (2011–2014). 日本生物物理学会中部支部会幹事 (2013–2015). 学会誌編集委員
分子シミュレーション研究会会誌「アンサンブル」, 編集委員 (2004–2006).
B -10) 競争的資金
科研費新学術領域研究「生命分子システムにおける動的秩序形成と高次機能発現」(公募研究), 「親水性/疎水性溶液界 面でのアミロイドベータペプチド凝集機構の理論的研究」, 奥村久士 (2014年度 –2015年度 ).
オリオン公募研究 , 「アミノ酸・タンパク質・タンパク質複合体の階層をつなぐ計算分子科学:アミロイド線維形成を理解す るために」, 奥村久士 (2013年度 –2015年度 ).
自然科学研究機構若手研究者による分野間連携研究プロジェクト, 「天文学と連携した分子動力学シミュレーションのための 新しい数値積分法の開発」, 奥村久士 (2012 年度 ).
科研費若手研究 ( B ) , 「計算機シミュレーションで探るアミロイドベータペプチドの多量体形成過程」, 伊藤 暁 (2012 年度 –2014年度 ).
科研費若手研究 (B), 「新しい分子動力学シミュレーション手法の開発とタンパク質折りたたみ問題への応用」, 奥村久士 (2011 年度 –2014年度 ).
科研費若手研究 (B), 「ナノスケールの非定常流を記述する流体力学の統計力学的検証」, 奥村久士 (2005年度 –2007年度 ).
146 研究領域の現状 C ) 研究活動の課題と展望
これらの研究を踏まえて,今後以下の研究に取り組む。
① アミロイド線維形成の伸長過程においては,その末端にタンパク質1分子が順次結合してβ シート構造に変化していくと考えら れているがそのメカニズムはまだわかっていない。またアミロイドβ ペプチドのアミロイド線維の伸長は両端のうち一方でしか起 きないことが知られているが,その理由もわかっていない。そこで水中におけるアミロイド線維の分子動力学シミュレーションを 行い,揺らぎに注目した解析によりアミロイドβ ペプチドのアミロイド線維が一方向にしか伸長しない理由を解明する。
② アミロイドβ ペプチドの異常凝集は神経系に豊富に存在する糖脂質GM1ガングリオシドクラスター上でアミロイドβ ペプチド が会合することで起きると報告されている。これまで糖脂質クラスターを舞台とするアミロイドβ ペプチドの凝集機構の解明 は実験研究が先行して進められてきた。一方,理論的な試みについては,バルクな水中での研究は数多くあるものの糖鎖/ 脂質界面での研究はない。そこで糖鎖/脂質界面をモデル化した親水性/疎水性溶液界面でアミロイドβ ペプチドがダイ ナミックに離合集散する過程のシミュレーションを行い,アミロイドβ ペプチドが自律的に集合する物理化学的メカニズムを 理論的に解明する。
③ 拡張アンサンブル法とよばれる方法にはマルチカノニカル法,レプリカ交換法,焼き戻し法などがある。後者2つでは詳細つ り合い条件を満たすメトロポリスによるアルゴリズムにより遷移確率を計算する。一方,最近提案された諏訪・藤堂法は詳細 つり合い条件を満たさない方法であり,その棄却確率は最小になる。最近我々は諏訪・藤堂法をレプリカ交換法に適用した 方法(レプリカ置換法)を開発し,サンプリング効率が向上することを示した。今後,諏訪・藤堂法を焼き戻し法に適用する。